最終回 ぬいぐるみ・エピローグにかえて
倉庫から2個の大きなビニール袋を雪の庭に運んだ。あきる野から越して2年、色とりどりの中身は初めて北の陽光を浴び、爽やかな寒気に包まれた。
ドラエモンとドラミがいた。モンチッチもいた。
プーさんとイルカが登場し、ダックスとコッカースパニエルが臥せ、ウサギが両耳を真直ぐに立てて胸を張っていた。
大きさの異なるキティが競演し、コアラとハロウィーンのお化けかぼちゃが横に並んだ。
2年前の12月、女房はあきる野の百友坊でタライを前に格闘していた。なかなか泡の立たない洗濯物は水を茶色に変えていた。
「どうするの、それっ?」
私の問いかけに女房は次のように答えた。
「見たら判るでしょ、洗って乾かして北海道に持って行くの。どれにも思い出があるし、下さった皆さんの気持ちがこもってるから捨てられない。コボもこれを見たら落ち着くかも知れないし……」
タライの中でねずみ色に蘇ったイルカが、浮いて泳ぐことなく、底で苦戦していた。
皆さんにいただいたヌイグルミだった。
生後間もなく、障害のために兄弟たちから離され、1匹だけでダンボールの箱に入れられていたコボに、寂しそうだからと、どなたかが小さな犬のヌイグルミを持ってきて下さった。
以来、コボの周囲にはヌイグルミが絶えることはなかった。エニセイやゴン次、サンタたちが兄弟で取っ組み合いをしている時、コボは小さなダックスの布に口を当てていた。
泳げないイルカは、コボのお気に入りの一つだった。サークルの中でバタンと倒れると、伏せの形に姿勢を整え、そして周囲のヌイグルミに鼻を向けた。いくつかの中からイルカを探し出すと、首を伸して何度も何度も舐めていた。
コボはけしてヌイグルミを破壊しなかった。丁寧に舐め、そして顎の枕にして昼寝をするのが常だった。しかし、1個だけ、コボが歯を使うものがあった。それは高さが25センチほどのハスキーだった。最初にハスキーの鼻をちぎったのはコボではなく、柴犬のだれかだったと思う。そのほころびが気になったのか、気に入ったのか、コボはその鼻だけは狙った。まるで兄弟たちと噛み遊びができないための代償行為に思えた。
口蓋や舌の運動機能にも異常のあるコボは、口の奥まで突っ込んでもらわないと飲み込むことができない。それが幸いし、普通の子犬なら破壊し誤食誤飲の怖れのあるヌイグルミも、安心して預けることができた。
北の庭で広げた数十個のヌイグルミの中に、茶色の小さな犬があった。あれはコボが2度目の夏を迎えた頃だったろうか、私は優しい語り方の母娘さんを思い出した。
「あのう、これっ、娘が焼きました。コボちゃんが大好きだって言うので、餡から作ったアンパンです」
紙袋を差し出したお母さんの横に、恥ずかしそうに中学生の娘さんが立っていた。そして、
「こし餡は難しそうなので粒餡ですが、コボちゃん食べてくれたら嬉しいです……」
小さいけれど、しっかりした口調で私に告げた。
「ありがとうございます。コボ、喜びます。今、あげちゃいますね。待ってて下さい。あっ、粒餡、問題ありません、大好きです。こし餡って叫んでいるのは、私が好きだからです、すみません、紛らわしくて」
大声で『コボ、アンパーン!』と叫ぶと、しっかり言葉を理解している彼は舌なめずりをしながらスキップをしてきた。
コボとおこぼれ狙いの犬たちが食べ終えた後、お母さんが大きめのバッグを開いた。
「これは私の作ったヌイグルミです。良かったらコボちゃんに。中身はパンヤじゃなくて真綿ですので破れても安全かと……」
ネコのヌイグルミをいただいたこともあった。
「娘が一番気に入って抱えてるものです。どうしてもコボちゃんにあげたいって言うもので。汚れてますが貰っていただけますか」
保育所の年少組の女の子は、「本当にいいの?」と言う私の問いかけに、笑顔で首をたてに振った。以後、彼女は1カ月に一度は百友坊に来てくれた。コボに呼び掛け、そしてコボのサークルの中にある自分のヌイグルミを確認して嬉しそうにお母さんに報告していた。
大きな犬は、特別養護老人ホームで暮らす老婦人からのプレゼントだった。私が持っていても、ちっとも嬉しくない。ぜひ、コボちゃんの友だちにして、と告げられた。
少し色褪せた様々なヌイグルミには、皆さんの想いがあふれていたと、今も思う。
写真には並んでいないが、寒気の染み込む車庫のサークルでは、寝わらにまみれて3個のヌイグルミがコボと共同生活をしている。そう、2年前の12月14日に、女房が『忘れ物ー』と叫んだものが。
最後に1通のメールを紹介させていただこう。一昨日、コボの誕生日に届いたものだった。
(略)
コボちゃん、そして兄弟姉妹のみんな、4歳のお誕生日おめでとう。
コボちゃんが生まれた時からの自分で撮った写真を見ていたら、何かしみじみ、『4歳、良かった、良かった。。。』と、胸が熱くなりました。
今だから言ってしまいますが、コボちゃんが目の前で倒れるたびに、思わず『危ないっ!』って、腰を浮かしかけたこと、手を伸ばしかけたことが何度もありました。
(それはもう、私だけではないと思いますが・・・)
でも、石川さんは「自分で起き上がることが大切なんです、手を貸さないでください」と明るくおっしゃって……。
『そうですよね』って頭ではわかっていながらも、『コンクリートは痛いよね・・・』と思い、見ているのが辛かったです。
でも、それでコボちゃんは立派な体格、筋肉マンになりましたね。
倒れても、倒れても、自力で踏ん張り、起き上がってきたからこその、惚れ惚れするような身体になって。。。
心も身体も成長して、4歳になったコボちゃん。
本当に、おめでとうございます。
これからも、どうぞ、元気でいてください。
コボちゃんが私の手を甘噛みしようとした時、
「痛いから嫌だよー」って、噛ませてあげませんでした~~。
私は意地悪おばさんですね。
『コボちゃん、あの時はごめんね~~~!』
(略)
送り主のKさんをはじめ、距離は離れても大勢の方に見守られ、応援されているコボは、本当に幸せな犬だと思う。まさに今も10万人の心が寄せられていると、感謝とともにコボに伝えている。
今回でこの物語は一旦終了します。北に戻ってからのドラマ、そしてこれからは、また新しい形で紹介をさせていただきます。
それまで、しばしの猶予をいただきます。
長い間、拙い文章をお読みいただき、ありがとうございました。
日々、しっかりコボを見つめ、笑顔で付き合っていきます。
石川 利昭(2009年12月24日更新)
_________________________________
【起き上がれ、コボ!・最終回のお知らせ】
2008年12月よりスタートした当連載は、今回で最終回となります。
今まで応援ありがとうございました。
今後の石川利昭さんの情報は、いしかわさんの命がいっぱいをご覧ください。
1年分のアーカイブを最初からご覧になる場合は、
下の「バックナンバー」の左上アイコンからどうぞ。
(まゆたんち編集部)






































































































50年、北海道名寄市生まれ。72年に作家の畑正憲氏が主宰するムツゴロウ動物王国に参加。以来、ペットを含む家畜、野生動物との密度の濃い暮らしを続けている。86年に公開された映画『子猫物語』において、さまざまな生きものたちの個性を生かした育成トレーニングを担当。また、写真・文章の世界でも活躍し、著書に『飼育マニュアルに吠えろ!―2000匹が教えてくれた犬の真実』(青山出版社)、『ネコ語がわかる本』(学研新書)、『ムツゴロウ動物王国石川さんの仲間だより』(北海道新聞社)がある。現在、石川百友坊(*1)主宰。
運動機能障害を抱えながらも笑顔で生きる犬・コボ。この連載は、そんな彼を支え、そして見守る石川利昭さん(ムツゴロウ動物王国石川百友坊)が贈る、真実の物語です。心肺停止状態で生まれたコボが息を吹き返すまでのコボ誕生のエピソード、動物王国で過ごした子犬時代の逸話、そして北海道で暮らす現在の様子などを、「生きものたちのメッセンジャー」である石川さんがコボの写真満載でお届けします。
