第24回 アイリッシュソーダブレッド

先日、実家から
ずっと置きっぱなしだった私のあれこれを
整理して欲しいと荷物が届きました。

ほとんどガラクタでしたが
その中に、アイルランドから届いた
小さな包みが入っていました。

懐かしいその中身は、ビデオテープ。
実はまだ見ることができていません。
 

もう15年近く前のことですが
アイルランド、スコットランドを旅しました。
発端は知人の簡単な一言。
「あなたの作るメロディーはアイルランドの香りがする」

言われたその時は、まだアイルランドが
どこに位置するかも知りませんでした。
けれど知らない国への好奇心と、
私の音楽を聴いてアイルランドを思い出した人がいるのなら、
それはもうアイルランドへ行くべきじゃないかと、
どんな音楽があるのかこの耳で確かめてみたいと、
すぐに旅の準備を始めていました。

今ほど、インターネットも普及していなかったので、
旅の情報を得るには、もっぱら本か、誰かの口コミか。
それでも足りなくて、大使館に足を運んだり、
アイリッシュミュージックの勉強会などにも参加しました。

そうしてあれこれ調べていくうちに、
大きなミュージックフェスティバルがあることがわかり、
それに合わせて、楽器を持って旅することに決めました。

Clonmel(クロンメル)という街。
Dublin(ダブリン)やGalway(ゴールウェイ)なら
聞いた事があるかもしれませんが、
Clonmelはこれといった観光名所もない、
ちょうどアイルランドの中腹に位置する
小山に囲まれた田舎町です。

毎年会場となる街は変わるそうで、その年はその田舎町に、
アイリッシュトラッドミュージックを求めて、
アイルランドはもとより、ヨーロッパから、
そして移民として渡ったアメリカからも
たくさんの人々が集まっていました。

そして人々のほとんど皆が、楽器を持っているのです!
アイルランド最大級のフォークミュージックフェスティバルです。

街の学校や公会堂は、各楽器ごとのコンテストが行われ、
街の全てのパブでは朝から晩までライブが続き、
さらにストリートのあちこちで、老若男女
たくさんのミュージシャンが演奏をしていました。

最初は、いろんなコンテストやライブに顔を出し、
本場の演奏を堪能していましたが、
やっぱり見るだけでは物足りなくなってしまって、
私もストリートで演奏を始めました。

ボーカルの女友達と二人で行っていたので、
二人で自分達の曲や、覚えたてのアイリッシュソングなどを
ひたすら演奏しました。

アジア人で、しかも若い女性となると
それだけでも珍しかったようで、
すぐに黒山の人だかりに。

外で演奏する解放感と、
多くの人が耳を傾けてくれる嬉しさで、
時間を忘れてずっと弾き続けました。

といっても、気軽に旅したかったので、
その時私が持っていったのは、
小さくて軽い鍵盤ハーモニカ。
なので、吹き続けた、が正しいですね。

吹きすぎて、日に日に唇が腫れ上がり、
マウスピースをくわえるのも辛かったほどでしたが、
楽しさのほうがずっとずっと上まって、
ストリートでの演奏にあけくれました。

アイルランドでは音楽が、日常の中に溶け込んでいます。
パブに行けば、たいてい生演奏を聴くことができます。
軽快なダンス曲がかかれば、踊り出す人もたくさんいます。
そしてしっとりと聴かせる曲が始まれば、
サビの部分を、居合わせた人達、皆が一緒に口ずさみます。

私達がストリートで演奏しているときも、
アイリッシュソングとなれば、
サビの部分では、見ているお客様達が
一斉に大きな声で歌ってくれました。

その嬉しかったことといったら!
言葉もきちんと通じない国で、
通りすがりの人が足を止めて、
そして一緒に歌ってくれるなんて。

音楽は言葉を越えるのだ、
国境を越えるのだと、よく言われますが、
生身で経験すると、その感動は
言葉にならないものがあります。
 

そうこうしているうちに、
地元のテレビ局が私達を取材にきました。
やっぱり珍しかったのだと思います。

演奏のあとにはインタビューされ、
片言のめちゃくちゃな英語で答えました。
嬉しくて舞い上がっていたので、
ちゃんと会話が成立していたかどうかも
今となってはわかりません。
 

フェスティバル中、
宿泊していたのは普通の民家でした。
私が問い合わせた時にはホテルも満室で、
B&B(Bed & Breakfast)として貸し出していた
民家の空き部屋に泊まっていました。

早速、宿のおばちゃんに
「今日××テレビが取材に来たのよ」と報告をしたら、
「あなた、それはたいへんなことよ!
もう明日から街を歩けないわよ!」と
私以上に大興奮。

クリスマス特番で放送だと聞いたと告げると、
「あら残念、ここに居る間に見られないのね!
わかったわ、私が録画して日本に送ってあげる!」

その後、無事日本へ帰ってから数ヶ月後、
宿のおばちゃんから、ちゃんとビデオが届きました。
忘れずに、約束を守ってくれたのです。
すぐにビデオを再生してみたものの、
見えるのは砂嵐だけ。

海外と日本では、
ビデオの規格が違うのでした。
 
残念なことに結局見られず仕舞で、
小包ごとずっと実家の片隅に
置きっぱなしだった、という訳です。

旅の記憶をたぐると思い出すもの。

ヨーロッパ中を演奏で旅しているという
スコットランド人の彼とセッション三昧を楽しんだこと。
パブで楽器としてのスプーン(パーカッションとして使います)の
演奏の仕方をおじいさんに習ったこと。
ストリートでは、たくさんの小銭を投げてもらったのはもちろん、
小銭を入れる箱を持っていなかった私達に、
ここにお金をと言って、さっとジャケットを脱ぎ、
これもプレゼントさ、と笑顔で立ち去った青年。
バスを並んでいたら、あなた達の演奏は良かったと
駆け寄って来て伝えてくれた少女。

そして何杯ものギネスビール。
たくさんの人にご馳走してもらったこと。

そんな楽しかった思い出は、
いつでもどこでも演奏できるという自信と
演奏を続けていこうという強い意志になりました。
あのときの経験が、今も支えになっています。
 

そんな音楽三昧の旅だったので、
実は、食べ物の印象はあまりありません。

毎晩飲んだギネスと、
風邪をひいた時に食べたアイリッシュシチュー。
そしてお昼や小腹がすいたときに買い求めた、
アイリッシュソーダブレッドぐらいです。

ソーダブレッドは普通のパンを買うよりも
ずっと安くて、手にしたのですが、
のどにつまりそうな、もそもそとした食感で
最初はあまり美味しいとは思えませんでした。

けれど食べれば食べるほどに、
馴染んでくる不思議な味でした。

素朴な味だからかもしれません。
毎日食べていると、じわじわと体に馴染んでくる。
そして何故かまた欲しくなる。

アイリッシュソーダブレッドも
素朴な音楽であるアイリッシュトラッドも
そんな風に、アイルランド全体に
馴染んでいるのかもしれません。
 

ときどき、あのもそもそが
急に食べたくなることがあります。

何度か試行錯誤して作ってみたのですが、
なかなかあの、もそもその仕上がりにはなりません。
どうも質感が違うのです。

やっぱり、あのもそもそは
現地で食べろ、ということなのかも知れませんね。

アイルランドに行く機会がまたあったら、
もそもそを喜んで食べようと思います。
そして今度は、唇が腫れ上がらないように
重たくてもアコーディオンを持って行かなきゃいけません。(2009年6月16日更新)

コラム

アイリッシュソーダブレッド


材料:全粒粉 200g、 薄力粉 100g、ヨーグルト カップ1、
   溶かしバター(またはオリーブオイル) 50g、 重曹 小さじ1、塩 ひとつまみ

1)ボウルに、全粒粉、薄力粉、重曹、塩を入れ、泡立て器などでよく混ぜ合わせる。
2)溶かしバターを加え、かき混ぜて液状にしたヨーグルトを少しずつ入れる。
  こねずに、底からひっくり返すようにざっくりと混ぜ合わせ、大きな固まりにまとめる。
3)クッキングシートの上に、パン種を置き、十文字に切り目をいれる。
4)200度に温めたオーブンで、30分程度焼く。
5)竹串をさして、何もついてこなかったら焼き上がり。割ったり、スライスして頂く。

*そのままでも、蜂蜜やジャムもとてもよく合います。
*2)では、生地がおおまかにまとまればよいので、ヨーグルトの分量は調節してください。
 全量が必要ない場合もあります。
*全粒粉がない場合は、すべて薄力粉にして作ることもできます。
*重曹の苦みが好きでない方は、ベーキングパウダーと半々にしてください。
*オーブンの温度、焼き時間は各家庭によって調節してください。

バックナンバー

ごあいさつ

第1回 蕪、酒粕、豆乳のスープ

第2回 黒豆、シナモン風味

第3回 鶏だしスープのトック(韓国雑煮)

第4回 干し大根のソテー、ケッパーソース

第5回 冬のジャム、生姜とはちみつ風味

第6回 おかき、三種

第7回 スパイシーチョコレートケーキ

第8回 カリフラワーのサブジ

第9回 春菊ペーストのパスタ

第10回 雪ノ下の天ぷら

第11回 長葱のクリームチーズ和え

第12回 春キャベツとささみの蒸し煮

第13回 新玉葱、ドライトマトのマリネ

第14回 サンドイッチフィリング、三種

第15回 クレソン、生姜のお稲荷さん

第16回 新じゃが、プルーンの煮込み

第17回 うちのトマトパスタとルッコラのサラダ

第18回 筍のピクルス

第19回 牛蒡(ごぼう)と胡桃のキャラメリゼ

第20回 おからたっぷりのスコーン

第21回 人参のサラダ、人参のポタージュ

第22回 生らっきょうのフリット、ローズマリー風...

第23回 味付け卵、八角風味

第24回 アイリッシュソーダブレッド

第25回 イカ、トマト、ミントの炒め

第26回 梅味噌、梅味噌豆

第27回 塩豚、茹で豚

第28回 ガーリックトースト

第29回 ローズマリーポテト

第30回 葉唐辛子、鶏肉のカレー

第31回 夏のキムチ三種

第32回 ラタトゥユ、ガスパチョ

第33回 生姜ジュース

第34回 セミドライトマト

無花果(いちじく)のソテー、サラダ、白味噌和え

第36回 南瓜(かぼちゃ)のグリル、玉葱のソース

第37回 緑のサラダ、赤のサラダ、黒のサラダ

第38回 蕎麦粉のガレット

第39回 柿、ディルのクリームチーズ和え

第40回 蛸(たこ)、青海苔のクリームソースパス...

第41回 ドライフルーツ、ナッツのケーキ

第42回 豚のスペアリブ、棗(なつめ)の煮込み

第43回 焼き芋、レモンバターソース添え

第44回 野菜ルーのカレー

第45回 コジード・ア・ポルトゲーザ(ポルトガル...

第46回 鰯の塩焼きとカルド・ヴェルデ

第47回 ヨーグルトパンケーキ

最終回 牛すじの煮込み


アコーディオン・トイピアノ・鍵盤ハーモニカ・オルガンなど、ノスタルジックな味わいをもつ楽器を得意とする鍵盤奏者、音楽家。空気公団・ハンバートハンバート・Akeboshiなど、多くのアーティストのライブ・レコーディング・CM・TVの音楽などに、さまざまな楽器でかかわるほか、ソロプロジェクトであるtrico!やギタリスト・オオニシユウスケとのユニットsmall colorでもアルバムをリリースしている。最近は、スイス絵本の名作『こねこのぴっち』のDVD化にあたり、音楽を担当(2009年1月発売予定)。またインテリア誌「かわいい音楽すてきな暮らし」でレシピ・料理・スタイリングを担当。日々の暮らしを大切にしながら、さまざまな活動を楽しんでいる。

音楽家・良原リエさんによる、暮らしのエピソードとそれにまつわる日々のご飯のレシピ。本人撮影による四季折々の写真とともに、<ありふれた材料でできる簡単な料理をよりよくするためのコツ>を提案していきます。好きなモノ・コトに囲まれた、実のある暮らしを大切にしているリエさんならではの切り口が、「普段の生活」の大事さをあらためて教えてくれるはず。


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